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世界のブルーベリーの歴史|先住民の利用から栽培化・品種改良・世界への広がりまで年表で解説

ブルーベリーは北米の野生の実から、1910年代の栽培化、フロリダ大学などによる品種改良を経て、チリやペルー、中国へ広がりました。2023年のIBO統計では世界の生産量は約180万トンです。この記事では出典で確認できた年と数字だけを年表で整理します。

世界のブルーベリー更新: 2026-10-17

この記事でわかること

ブルーベリーは、北米の野山で人々が摘んでいた野生の実から、いまや世界中で年間180万トン前後が生産される果物へと成長しました。この記事では、先住民の利用、20世紀初頭の栽培化、品種改良の流れ、南半球やアジア・アフリカへの広がり、そして野生種(ワイルドブルーベリー)の産業までを、出典で確認できた数字と年に絞って整理します。日本への伝来はブルーベリーの歴史と文化に詳しくまとめていますので、ここでは簡単に触れるにとどめます。

北米先住民と野生ブルーベリー

ブルーベリーは北米原産です。米国ハイブッシュブルーベリー評議会(US Highbush Blueberry Council)のサイトは、人々がブルーベリーを楽しんできた歴史を「13,000年」というおおまかな数字で紹介し、先住民が薬用や天然の風味づけに使っていたと説明しています。これは正確な年代ではなく概数として書かれている点に注意してください。

メイン州立大学(University of Maine)の資料によると、メイン州のワビナキ(Wabanaki)の人々は野生ブルーベリーの畑を焼いて手入れし、収穫していました。1600年代にはメイン州の沿岸に入った英国系の入植者も、その畑で実を摘んでいたとされています。火入れによる管理は、のちの野生種産業の基礎になりました。

20世紀初頭の栽培化:コビルとホワイト

野生の株を庭や畑に植えても育たない、というのが長いあいだの壁でした。米国農務省(USDA)の植物学者フレデリック・コビル(Frederick Coville)は、1910年にこの謎を解いたと同省のページに書かれています。鍵は土でした。ブルーベリーは湿り気のある酸性土壌(pH 4.5〜4.8)を好み、コビル自身がこれを「最大の発見」と考えたとされます。

その研究に協力したのが、ニュージャージー州ホワイツボグ(Whitesbog)のクランベリー農家の娘、エリザベス・ホワイト(Elizabeth White)です。ホワイトは地元の人々に頼んで大粒の実をつける野生株を探して印を付けてもらい、ホワイツボグに集めてコビルに提供しました。コビルは1911年にハイブッシュとローブッシュの野生株(Brooks と Russell)で最初の交配に成功し、1911年と1913年の交配から約3,000の雑種を得たと記されています。1912年には Sooy という野生株との交配でさらに約3,000の苗が生まれました。

そして1916年、ホワイツボグで栽培ブルーベリーの最初の商業収穫が行われ、販売されました(USDA、ならびに米国ハイブッシュブルーベリー評議会、プリンストン歴史協会の資料で一致)。ホワイトは1927年にニュージャージー・ブルーベリー協同組合を組織し、「ブルーベリーの女王」と呼ばれました。コビルは1937年に亡くなりましたが、USDAのページによれば1942年までに東部の生産者が扱う18品種のうち14品種がコビルの選抜または育成によるものでした。ブルークロップ(Bluecrop)、ブルーレイ(Blueray)、アーリーブルー(Earliblue)などが代表例です。ニュージャージー州のブルーベリー産業は1986年には全米第2位の規模になったと同協会の資料にあります。

品種改良の歩み

ハイブッシュとラビットアイ

ノーザンハイブッシュはコビルの仕事から広がり、現在もミシガン州立大学、ラトガース大学、USDAなどが改良を続けています。ラビットアイ(rabbiteye)については、フロリダ州で1890年代に栽培が始まり、西部パンハンドルのモーゼス・サップ(Moses Sapp)の農場が「世界で最初の栽培ブルーベリー農場だったかもしれない」と、フロリダ園芸学会誌の論文に書かれています。当時は野生株を森から移植していました。

サザンハイブッシュ(フロリダ大学など)

暖かい地域でも育つ品種を目指し、フロリダ大学(University of Florida)では1948〜1950年ごろ(資料によっては1950年代)にラルフ・シャープ(Ralph Sharpe)教授が育種を始めました。北部のハイブッシュに、フロリダ原産の暑さに強い V. darrowii などを交配する方法です。1976年(資料により1976〜1977年)に最初のサザンハイブッシュとして「シャープブルー(Sharpblue)」と「フローダブルー(Flordablue)」が発表され、続いて「エイボンブルー(Avonblue)」が出ました。実は既存のラビットアイ品種より約1か月早く熟しました。

1982年にはフロリダの生産者が初めてニューヨークの市場へ出荷し、1ポンド約5ドルで売れたと記録されています。1990年代にはジュエル(Jewel、1998年)、エメラルド(Emerald、1999年)、ウィンザー(Windsor、2000年)などの新品種が登場し、植え付けの中心はラビットアイからサザンハイブッシュへ移りました。フロリダの栽培面積は1982年の1,000エーカー未満から2015年には5,700エーカー超へ、年間生産量は1990年代初めの約150万ポンドから2022年には2,100万ポンド超へと増えています(フロリダ大学IFAS)。

民間育種の時代

現在は大学に加え、民間の育種会社も存在感を増しています。2023年の米国の育種状況をまとめた発表資料では、Driscoll's、Fall Creek Nursery、California Berry Genetics、Berry Blue LLC などが、サザンハイブッシュとノーザンハイブッシュの育種を行う民間側として挙げられています。Driscoll's の特許は2008年出願の「DrisBlueOne」から2022年出願の「DrisBlueTwentyEight」まで続き、低・中・高チル(低温要求量)や常緑タイプに分類されています。同じ資料は、デューク(Duke)が太平洋岸北西部をはじめ欧州を含む多くの地域で今も主力であると述べています。なお、ハーフハイ(half-high)については、今回確認できた資料に詳しい記述がなかったため、この記事では扱いません。品種の系統は品種図鑑と3つのグループの解説をご覧ください。

世界への広がり

チリ:1980年代から南半球の輸出国へ

学術論文(Brazilian Journal of Fruit、scielo)によると、チリでは1970年代後半に研究機関のINIAとアウストラル大学が米国とニュージーランドからハイブッシュとラビットアイの苗を導入して試験しました。商業的な植え付けは1985年に始まり、1992年の面積は約280ヘクタールと推定されています。1997年から大きな拡大期に入り、輸出量は1998〜99年シーズンに約3,500トン、2000年に約4,000トン(3,000万米ドル)、2010〜11年シーズンにはほぼ95,000トンに達しました。栽培面積は2003年の2,135ヘクタールから2007年に9,940ヘクタールへ、4年あまりで約4.7倍(466%の増加)になっています。1983年に設立されたHortifrutの創業者ビクトル・モジェル(Víctor Moller)は、チリ産の米国向け輸出を切り開いた人物として業界紙に紹介されました。北半球の冬に新鮮な実を届けられることが、チリ躍進の理由です。

オーストラリア・ニュージーランド

オーストラリアには1970年代前半にブルーベリーが導入され、1974年にビクトリア州で最初の商業栽培が始まりました。その約10年後にニューサウスウェールズ州北部の海岸地方へ広がり、1978年までには米国南部のサザンハイブッシュやラビットアイが温暖な同地域に向くと認識されるようになりました(Plant Health Australia)。2008年の面積は約669ヘクタール、生産量は2,315トンです。ニュージーランドについては、出典でチリへの苗の供給元として登場する以外、詳しい歴史を確認できていません。

ペルー:2010年代からの急成長

ペルーの産業は比較的新しく、FreshPlazaの記事では、あるペルーの生産者が2006年に苗を探したところ、米国かチリから高額で取り寄せ、2〜3年待つ必要があったと語られています。その後の成長は著しく、IBO(International Blueberry Organization)の2023年の統計ではペルーの生産量は23万4千トンで世界第3位(シェア13%)、輸出量は21万7千トンで世界最大です。認証された品種数は2016年の13から2023年には65に増えました。ただし2022/23シーズンの輸出は前年比で23%減少しており、成長は一直線ではありません。ペルーの年産量について、別の記事は「26万1千トン超」と記しており、資料により異なります。

中国、欧州、モロッコ、メキシコ、南アフリカ

2023年のIBO統計(Blueberries Consulting 経由)では、世界の生産量は約177万9千トンで、上位は中国が56万3千トン(32%)、米国が28万3千トン(16%)、ペルーが23万4千トン(13%)、チリが13万2千トン、スペインが7万1千トン、メキシコが6万7千トン、カナダが6万3千トン、ポーランドが6万2千トン、モロッコが5万6千トン、南アフリカが3万5千トンでした。上位10か国で世界の88%を占めます。別の記事ではIBOの世界生産量を2022年に187万トン、2023年に182万トン、2024年は暫定で205万トンとしており、2023年の数字は資料により異なります。

2009年のブラゼルトン氏の推計(scielo論文に引用)では、栽培面積は北米約40,500ヘクタール、南米約16,200ヘクタール、欧州約7,300ヘクタール、中国と日本で約2,000ヘクタール、オーストラリアとニュージーランドで約1,200ヘクタールでした。当時は北米が中心でしたが、2023年には中国が生産量で首位に立つなど、地図が大きく塗り替わっています。欧州では輸入の中継地としてオランダ(輸入10万4千トン)、輸入国としてドイツ(6万2千トン)が目立ちます。中国、モロッコ、メキシコの個別の成長年表は、今回の出典では数字を確認できなかったため、ここでは生産量のみを紹介しました。世界の生産国の詳細は生産量ランキング50年、企業は世界の企業もご覧ください。

ワイルドブルーベリー(ローブッシュ)とメイン州・カナダ

栽培品種とは別に、野生のローブッシュ(lowbush、主に Vaccinium angustifolium)を畑で管理して収穫する産業が北米東部にあります。この種は北部ニューイングランドと大西洋岸カナダが原産です。IBOの資料では、北米のワイルドブルーベリーの約95%が V. angustifolium、約5%が V. myrtilloides とされています。

メイン大学の資料によると、南北戦争(1861〜1865年)のころには野生ブルーベリーが北軍へ船で送られ、1883年に収穫用のタブット熊手(Tabbut rake)が登場し、1886年に初めて缶詰にされました。1945年にはメインの生産者が自ら課税されることに同意し、大学の研究と販売促進を支える仕組み(現在のWild Blueberry Commission of Maine)が生まれました。メイン州の面積は資料により約38,000エーカー、約44,000エーカーと異なり、農家数は約500、年間生産量は約1億ポンドで、北米の収穫量の約9%、産業規模は約2億5,000万ドルと紹介されています。約99%は冷凍で出荷されます。

生産は2年周期です。収穫後に株を地際まで刈るか焼き、翌年は枝葉が育つ年で、さらに翌年に花が咲き実がなります。多くの農家は面積を半分ずつに分け、毎年収穫できるようにしています。カナダの産業については、今回確認できた資料に詳しい数字がなかったため、省略します。

ブルーベリーの歴史年表

年できごと出典
約13,000年前(概数)人々が北米でブルーベリーを利用してきたとされるUS Highbush Blueberry Council
1600年代メイン沿岸の入植者が、ワビナキの管理する野生ブルーベリー畑で摘むUniversity of Maine
1890年代フロリダでラビットアイの栽培が始まるFlorida State Horticultural Society
1910年コビルが栽培化の鍵(酸性土壌)を見いだすUSDA
1911年コビルが野生株同士の最初の交配に成功USDA
1916年ホワイツボグで最初の商業収穫・販売USDA ほか
1927年ホワイトがニュージャージー・ブルーベリー協同組合を組織Princeton Historical Society
1948〜1950年ごろフロリダ大学でシャープ教授が育種を開始Florida State Horticultural Society
1974年オーストラリア・ビクトリア州で最初の商業栽培Plant Health Australia
1976年最初のサザンハイブッシュ品種(Sharpblue、Flordablue)が発表Florida State Horticultural Society
1985年チリで商業的な植え付けが始まるBrazilian Journal of Fruit
1990年代フロリダでサザンハイブッシュへ移行、チリが1997年から拡大期へUF/IFAS、scielo
2006年ごろ〜ペルーで苗の調達が始まり、その後急拡大(2016年に認証品種13、2023年に65)FreshPlaza、IBO
2023年中国が生産量約56万3千トンで世界首位(IBO)Blueberries Consulting

日本との違い・日本の生産者/家庭栽培者へのヒント

日本への伝来は、同じ北米の栽培化の流れの先にあります。経緯はブルーベリーの歴史と文化でご確認ください。ここでは、今回の出典から読み取れるヒントを3つ挙げます。

世界の動向を追う情報源は世界のブルーベリー情報サイトにまとめています。

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📜 歴史・品種改良アメリカ・ニュージャージー州

エリザベス・ホワイトとホワイツボッグ

原題: Elizabeth White:Whitesbog
チャンネル: Rutgers iTVStudio

ラトガース大学の映像スタジオによる、ブルーベリー栽培化に関わった人物とホワイツボッグを扱う動画です。

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本記事は海外の公開資料(主に英語)を日本語に要約・翻訳して作成しています。統計値は資料の発表年時点のもので、最新の値は出典元でご確認ください。

参考情報

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